周辺のこと
亀戸駅はひどく細長い印象を受ける。
ホームに降り立つとき、もし電車の3号車や4号車に乗っていたのであれば北口へ降りる階段がすぐそこにあって、そのままするりと入ることができる。余分なものはない。階段を降りればそこには改札があって直接「アトレ」というショッピングモールに入ることができる。そこはいわゆる駅ビルというやつでJR東日本の駅にはだいたい「アトレ」が併設されているのだが、ここはスタバだの成城石井だのフランス語の名前の洒落たパン屋さんなどがあって都会人めいた気分になれるのだ。
北口、とわざわざ書くならば他にも出口がなければならない。亀戸駅にはもう一つ出口がある。東口だ。電車を降りたときに北口への看板が大きく目の前にあり、人の流れもおおよそ北口に流れていくなかで他に出口がないかと必死になって首を回すと、ホームの端、終端とも言える場所に東口への階段を見つけることができる。これはわたしが何も考えずに電車に乗るものだから真ん中の車両に乗っていることが多いせいだろう。しかし、それにしてもずいぶん奥の方にあるように見える。あるいはアトレへ向かう人の流れから抜け出ていく工程が精神的な遠さを生み出しているのかもしれない。ようやく階段に辿り着きなんだかこれまた長く感じる階段を降りると、そこは通路になっているのだがその通路が途中で曲がって出口は見えないようになっている。外へつながっている確証が得られずなんだか地下にいるような気分になりながら進み、通路を曲がると思いがけずに改札があって、横のトイレから「右が男子トイレです」と視覚障害者向けアナウンスが流れるのを聞いてようやく駅から出ることができることを実感するのだ。
東口の外は大通りからひとつ裏手にあって車の一台が通れそうな細い道と大通りの店の裏口が並ぶ。また、その細道を北口方面へ歩いていくと飲み屋が立ち並び、肉だの韓国料理だのの看板がある。反対方向、東口をさらに東へ行けば亀戸東口駐輪場という大きな駐輪場があって東口から出る人間はかなりの割合でこの駐輪場へ入っていく。わたしはかれこれ10年以上自転車に乗っていないので縁がないが、駐輪場の中をチラリと見れば所狭しと自転車が並び亀戸周辺の交通手段としていかに自転車が利用されているか見れて面白い。
そのまま駐輪場を過ぎて歩いていけば左手にトンネルがある。入り口周りの天井には蔦が絡みついていて何十年か放置したら出口が埋まってしまいそうだ。入り口付近の180センチあったらぶつかってしまいそうな低さだ。しかし、10歩も歩けば天井が高くなり、そこにごついライトがオレンジ色に輝いている。そしてまた低い天井になり出口だ。出口付近はところどころ塗装が禿げているがもしかすると何人もの人が頭をぶつけてきたのかもしれない。
トンネルを抜けると踏み切りであった。
雪国に比べると衝撃がないと思うかもしれないが、人生で初めてみた本物の踏み切りなのだから許してほしい。「少女レイ」や「秒速5センチメートル」といった作品のせいで踏み切りへの憧憬というかエモさを感じてしまう病にかかっているので何回見てもどきりとしてしまうのだ。この踏み切りは東武亀戸線の線路にあって、わたしはこの路線に乗ったことはないのだが墨田区の曳舟にまで繋がっているらしい。誰かから聞いたが東京の路線は環状線である山手線を中心に放射状に線路が伸びており、それを南北に繋げるローカル線がいくつもある形になっているらしい。東武亀戸線もそんなローカル線の一つだそうだ。
さて、なぜこうも亀戸駅の話をしたかと言えば最近この近辺に引っ越したからである。
わたしは新しい土地に来るとひとまず散歩に出るタイプだが、ここらは駅前で公園や商店街、飲食店もおおく非常に住みやすい。以前住んでいた錦糸町と一駅しか変わらないが雰囲気が異なっていて面白い。駅前の雰囲気が全然違う。最低でも極右っぽい人が演説したりはしないしキャッチも強引じゃない。
まだまだ慣れないが、本当にいい土地だ。これから楽しんでいきたいとおもう。
なぜ引っ越したのかとか、友人とルームシェアしてるとか、億ション並列のどでかいショッピングモールとか書きたいことがいろいろあるが今回はここらで筆を置くことにする。そろそろバイトの時間だ。お腹も減った。また気が向いたら投稿します。
おさらば
日記 散歩道
散歩に出かけよう、と思い立ったのは11時ごろのことだった。遅めの朝食を食べ終え家に帰ると風邪だか疲労だかでダウンした親愛なる先輩Oさんがベッドを埋めており、昨日Oさんを尻目に一人で酒を呑みぐっすり安眠したわたしは元気が有り余っていた。家にいれば突然『ミュージックアワー』を熱唱してOさんを起こしてしまう。お世話になっているOさんにご迷惑はかけられない。そんな平日の昼間に行うべきはやはり、散歩であろう。散歩は楽しい。ひとりで風景を見たり、お店を冷やかしたり銅像やら橋なんかについている碑文を読むのも良い。
もちろん友人と歩くのも楽しい。近ごろ週末は友人と近所を散歩しながら美味しそうなお店を指さしては「今度行ってみよう」などと言い合ってばかりである。行きたいお店のリストは増えていくのだが結局行き慣れたところばかり行くので一向にリストを消化できない。最近ようやく1店舗リストから消え、3店舗リストに追加された。
さて、わたしはいつも元気があるときはなるべく散歩に出ようとしている。問題は大抵元気がないことで、特に冬になってからひどい寒さで全く出るのが億劫だった。鼻水は出るし、体温は上がったり下がったり、頭痛は止む気配がない。友人が来なければ延々とベッドで眠っていたことだろう。ところが最近になって気温が上がり桜が咲き、冷たい風の中に春の気配を感じ始めた。というか三寒四温というか日によって気温が10度20度変わるイカれた世界である。しかし、春は春。今まで亜熱帯気候で20数年生きてきた私にとって初めての「日本の春」である。気分も上がってくる。気分が上がると多少の空元気も出るようになる。散歩日和になるわけだ。あるいは最近飲んでいる頭痛薬をイブからバファリンに変えたおかげで頭痛がなくなったせいかもしれない。アスピリンを崇めよ。
今朝は日の上るまえに小雨が降っていたらしくどこもすっかり濡れていてアスファルトや歩道に幾らか水たまりが見えた。しかし駅前だからかよく整備されているらしく水たまりは小さく、靴で踏んでしまっても靴の中が濡れない程度の本当に小さなものだった。別段ふらふら歩いて踏んでしまったわけではない。
ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷらんらんらん
雨ふりの歌を書いたのは北原白秋だったか。童謡のせいか水たまりを見るとなにやら楽しい気分になる。
雨上がりの良い点はひとがいつもよりもいくらか少ないことが挙げられるかもしれない。天気予報では今日は一日中雨と出ていたが、わたしが出かけた時にはちょうど雨が止んでいて曇り空だった。わたしの住む墨田区は大抵の場所からスカイツリーを見ることができるのだが、今日のスカイツリーは雨雲か霧かで展望台から上がすっぽり隠れていて、どこまでも続いていきそうなバベルの塔もかくやな荘厳さがあった。

わたしの散歩コースはおおよそ二通りある。
ひとつは駅から南へ行き、猿江恩賜公園という公園の周りを歩くコース。猿江恩賜公園自体がそこそこ大きく、樹齢何年かも分からない木が見ていて楽しいコースである。
もうひとつは駅から北上しすぐそこにある錦糸公園という公園を起点に駅の周りをぐるりとと回るコース。美味しそうなお店が多いので実にお腹が空く。また、最近この錦糸公園では桜まつりをしており満開の桜が見れるのだ。
春で上がった気分は桜を見なくては収まらないだろう。今朝のわたしは錦糸公園へと足を運ぶことにした。雨上がり昼前の錦糸公園はそれでも何人かウォーキングや散歩をする人がいた。そしてなにより桜が咲き誇っている。わたしは今まで桜の花にそこまで感慨を抱いていなかった。もちろん地元で咲く寒緋桜は美しいとは思うが、それだけである。しかし、公園中の木々が一斉に花開きはらりと落ちていく花びらを見ると心動かざる得ない。とても美しい。古典でも小説でもJ-popでも桜を題材にしたものは数多くあるがそれも納得である。だが、桜が創作の題材になる理由はそれだけではないと思う。やつらは美しさの上に数が多い。本当に多い。数の暴力で脳髄を攻めてきている感じがする。上京して初めての春、コンビニより多くの桜を見る。公園の中埋め尽くす桜、道端で儚げに咲く桜。川の水面を花びらで彩る桜、ちょいと首を回せばどこかに桜を見ることができる。沖縄で桜を見ようとすると決まった場所に行かなければならないが、こちらではどこにでも鎮座しているので馴染み深さが半端ではない。わたしは未だにいちいち感動して写真を撮ったり眺めたりするが来年も同じテンションでいられるか心配である。もしもう少し桜の花の寿命が長かったら....。儚さも重要なのだろう。


錦糸公園を一周し、桜と犬と道ゆく人を眺めたあと、今日は気分を変えてそのまま北上することにした。知らない道を進む楽しさはなんともいえない。錦糸公園の北側にはオリナスというデパートがあってそこを超えたらもうすっかり住宅街といった感じでマンションやアパートが立ち並ぶ。適当に大通りを歩いていると橋を見つけた。「天神橋」という縁起が良さそうな名前とそれに反して青く塗られた鉄骨の無骨なその橋は二車線の車道と歩道が通っていて、時間帯のせいかさほど車も通っていなかった。多分近くに亀戸天神があるからこの名前なのだろう。橋の下の川は結構幅があり、雨で水量が上がっているのかひどく黒々とした水面が波打っていた。なんとなく橋の上からその川を眺めると点々と小さな白いものが流れていた。ひとつふたつ。川の流れはひどくゆっくりでじっと見ているとどうにか動いているのがわかる程度の速さだが、その白い点は確かに上流から流れてきているのだ。わたしは河川敷に降りてみることにした。看板によるとこの川は「横十間川」という「十間川」とかが他にもあるのだろうという予感させる名前の川だった。階段で降りて近づいてみると水面に浮いている白いものは、どれも桜の花びらだった。川を彩る桜とはなんだか風情がある。きっと俳人なら一句歌うのだろうが、わたしはこの感情を言葉にできるほど表現力がないので陳腐な言葉を述べるしかないのが悔しい限りだ。わたしは川を遡ることにした。
ところでわたしは川が好きだ。別段詳しいわけではないが大きい川をみるとなんだかワクワクする。どこかに繋がっていそうで、川向こうとの境でもあり、なにより塩気がない。潮風が苦手なのだ。なにより川には橋がある。わたしは橋を見るのが好きだ。木でも鉄でも、橋というものは楽しい。これは昔っからで幼い頃は意味もなく遠回りして橋を渡って帰宅したりしていた。なぜこうも心惹かれるのかは分からないが、まあそういう川を眺めながら歩くとなんだか目が覚めて気分が良くなってくる。河川敷は公園よりも散歩者が多く何人かとすれ違っていく。その中になぜかちいさな段ボールを手に持った初老の男性がいた。なにに使うのかしらと思っているとおもむろにベンチに段ボールを敷き座っていた。雨上がりでベンチもびしょびしょだったのだ。また、犬を連れたカップル、犬を連れたおばさま、犬を連れた男性ともすれ違った。驚きの犬率。近所の散歩コースらしい。さて、そんな人々を横目に川辺を進んでいくと少しずつ水面の花びらが増えていく。堤の上に桜が咲いている。アパートの敷地内に並んで植えられているらしく、どれも美しい。しかし、花びらはほとんど川まで届かずアパートの駐車場ばかりに散っている。そこからさらに歩いていくと、「栗原橋」という橋の横にハラハラと散りゆく桜を見つけた。いい感じに散る様を撮ろうとしたがスマホでは小さな花弁をうまく撮れなかったので代わりにスカイツリーとのツーショットを置いておく。

桜を眺めながらコーヒーとマドレーヌを食べて満足したので帰ることにした。といっても帰るのも散歩である。適当にGoogleマップを見ながら帰り道を選択する。思うまま歩いてもいいが、その場合千葉県に行ってしまう可能性があるのでしっかり地図を見る。そこで亀戸香取神社という名前を見つけた。勝ち矢とかどこかで聞いたことがある神社だった。東京とは知っていたがこんなに近くとは思いもしてなかったので今日の最終目的地にすることにした。
ずいぶん大きな団地を横目に(ここにも桜並木があった)川を下っていく。いつのまにか川の名前が「北十間川」となっていた。「南十間川」を予感させる名前である。なにやら拡張?整備?の工事をしているらしく浮島のようなものが浮いていて、そこに船で乗り込む作業員を見かけた。わたしはああいう仕事をしたら1日目で溺れそうなので尊敬の念を抱いてしまう。
亀戸香取神社は街のど真ん中にあった。人通りも多く、近くに学校もある。なによりスカイツリーが近かった。

境内に入ると参拝客が何人かおり観光客らしき西洋人や絵馬を熱心に眺める集団がいたりした。勝ち石だとか勝ち守りなるお守りの説明があった。実のところわたしは神社の作法をよく知らないので、なんとなくで参拝することにした。龍の銅像の口から水が流れるかっこいい手水舎で手水をとっているとなにやら外国人参拝客がこちらを見ていたのでちょっと焦ってしまい少し服にかかってしまった。そのままお賽銭を投げにいくと、バイト先で見かける「北秋田」という日本酒がお供えしてあってもしかすると昨日このお酒を買ってたお客さんもどこかの神社にお供えしてるのかしらと不思議な気分になりながらお祈りをした。といっても香取神社はスポーツの神様、勝利で有名だが、今は別段勝たなければならないこともないので「人生頑張ります」という決意表明だけで終わった。勝ち石というご利益がある石に触って勝ち運を上げてみたのでスポーツを始めてみようかしらという気分になった。いや、まあ、これを書いてる時点でその気分はすでに萎んでしまったが。

神社を出てから南下していくとすぐに亀戸駅にたどり着く。どうやら「天神藤祭り」というものを亀戸天神神社でやっているらしくそのポスターを見ることができた。だが、まあ、今日はもう満足したかなぁと思ったのでそのまま西に進み帰宅することにした。
錦糸町駅と亀戸駅は本当にまっすぐ繋がっていて、線路の高架橋のすぐ横に大通りがあるのでとても道が分かりやすい。迷うこともない。ところが、大通りからチラリと桜の木が見えたので小道に入ってしまった。そこは亀戸西公園という公園ですぐ横に亀戸第三中学校という人口密度の高さを感じさせる名前の中学校があった。軟式テニスをする学生たちに「もう新学期かぁ〜」と感動していると面白いものがあった。


「おいてけ堀」怪談話でよく聞くがそこがここにあったというのだ。思わぬ収穫である。謂れは写真で撮ったので読めたらそこから読んでほしい。読めなかったら諦めてくれ。しかし、少し散歩するだけでかなり面白い土地である。いろいろと歴史もあり、美味いお店もあるのでまだまだ楽しめそうだ。家の近くでスカイツリーを見るとすっかり雲が薄れて全貌が見えるようになっていた。
散歩を終え満足して帰宅するとOさんはベッドの上で微動だにしなかった。死ぬほど疲れているらしく、声をかけてみると「まだ寝る....」とか細い声で返事をしたので、こうして喫茶店でコーヒー飲みながら日記を書くことにしたのである。流石にそろそろ元気になってきただろうと思うのでここで筆を置くことにする。
また機会があれば書こうと思う。おさらば
春
みなさんお元気ですか?
東京は桜が満開です

少し歩くと満開の桜の木の下に辿りつきます
桜はとても美しいです

桜はどうしてこうも美しいのでしょう
きっとなにかたいへんな理由があるに違いない

桜の木が満開です
桜はとても美しいです

明日も満開だといいですね
満開の桜の木の下で

新年
明けましておめでとうございます
みなさんは年越しはどうお過ごしになられましたか?わたしはバイト先のスーパーで年を越しました。24時間営業なんです。お酒を買ったお客様の年齢確認をしてたら年が明けてました。
さて去年はこのブログを不定期に更新していましたが、今年も不定期にノリが乗ったとき更新しようと思いますのでどうか読んでくださったりしなかったりしてくれると幸いです。
実は書きかけの下書きが結構あるのだが、世に流してはいけないものや途中で書き飽きたものばかりである。先日公開したもののように過度なストレスがかかると発散のため一気に書き切ることができるがそういう事例が少ない。というか多少のストレスは食事と映画とゲームで発散できてしまう。つまりブログの更新を増やす簡単な方法は食事を栄養剤とパンだけにしてアマプラを解約しパソコンとスマホを捨てることのようだが、そうするとブログの更新も出来ないので難しい。やはり諸悪の根源はX....
そういえば先日公開した件について進展があった。突然絶交宣言をしてきたバイト先の同僚Tの話である。30日にTの方から「言い過ぎた」と謝ってきた。だが謝罪の後に「言い方は悪かったけど思ったことは本当だから」とか続けてきた。なんだこいつはと思ったが、丸く収まった方がいいので
「僕も態度とか仕事とか悪かったですよね。改善していけるよう努力します」
と言った。それにTは許されたと思ったらしく嬉々として「きみは視野が狭いからもっと周りを見るようにしな」とありがたい助言をくださった。その一言で仕事が出来るようになるならわたしも苦労しないのだが、Tはそうではないらしい。ひとまず表面上は和解できたのでバイトが楽になると思う。
今日も夜からバイトなので頑張っていきたい。
最後に写真機能を試す意味で最近散歩している時に撮った東京スカイツリーの写真を貼っておく。わたしの写真の評判はなかなか悪いので今まで載せたことがなかったのだが、引っ越してきてから半年経ってもスカイツリーには感動しているのでそれを是非とも共有したいのだ。
本年もよろしくお願いします

汚濁、あるいはアドラー
私が筆を取る理由は3つある。
ひとつは自身が感じた感動をだれかに伝えたいから。
ひとつは思考を整理しておくため。
最後のひとつは、ストレス発散である。
今日のこの記事はストレス発散だ。
わたしは昨日ひどく不快な思いをしたのだが怒るタイミングを見失ってしまったため、拳を振り下ろす先を見つけるためにここに書くことにする。めっちゃムカつく。できることならぶっ殺してやりたいがバイトの仕事量が増えるので我慢した。そう、今回ここに書くことはバイト先での出来事である。
わたしがいつも通り出勤して、更衣室で制服を着ているとバイト仲間のTが入ってきた。
「おはようございます」
と声をかけるとTはボソボソと返礼してくる。
「今日はいつもよりあったかくて良かったですね〜」
わたしは無言が嫌だったので世間話を始めようと言葉を続けた。しかし、
「もう話しかけんな。おまえと話したくない。何の価値もないおまえなんかと」
Tは無駄にデカい声で言った。挨拶は大違いである。それに対してわたしは
「は?はぁ....すみません?」と困惑の言葉しか出てこなかった。というのも、Tとはかれこれ2ヶ月同じバイトをしているわけだが業務連絡以外では2、3回世間話をした程度しか話したことがない。そも今日たまたまTがいつもより早く出勤しなければわたしもお天気がどうとか声をかけることもなかったのだ。というかTとは週2回しかバイトが被っていないので多くて8回しか会ったことがない。それでこんな対応をするとは発狂しているのではなかろうか。
ただ、Tに好かれていない自覚はあった。ここ1ヶ月、妙にTが絡んできていた。わたしのミスを指摘する、指示を出したがるのはともかく、客への挨拶の声が高すぎるだの、歩き方が変だのと身体的な面にも口出ししてくる。言われるたびに不愉快な気分だったが、流石に事件なので適当に笑って誤魔化した。わたしのバイト先はお菓子をくれる気も良いおばさまや仕事が早くなんでも教えてくれる優しい先輩がいてなかなか雰囲気がいい。その空気を澱ませたくなかったのだ。
初対面が良くなかったのだろうか?
Tは私と同郷だった。名字で一発で分かったのでわたしは嬉しくなってTと休憩時間が被った日に積極的に話しかけたのだ。
そして少し後悔した。
会話のリズムが合わないのだ
文脈が飛ぶ
笑いどころもわからないギャグ?を言ってくる
なにより薄っぺらい説教じみた話しかしないので会話が広がらない。
最初、地元がどこか聞いたが露骨に話を逸らされた。なにか嫌な思い出でもあるのかもしれない。
次に「仕事が早いと評判がいいですよ自分はまだまだ遅くて...」と持ち上げると嬉しそうに「沖縄の人は動きがゆっくりだから倍速で動くことを意識した方がいい」と言われた。それができたら苦労はしないし、動きの速さはたぶん出身関係ない。
最後にはなにやら語り出してきた。海外に住んでやことがあって...短期バイトで金を貯めて次へ行って...なんだかひどく要領を得ない話だった。かなり長く話していたのに結局出身地も前職も趣味も何も分からなかった。
途中わたしの経歴も聞かれたのでぼかして話したがそこら辺から露骨に説教くささが増してきた。まだ若いから、とかビジョンがどうとか...
この初対面でもうかなり苦手意識を持ってしまった。わたしの苦手なことは中身がない説教と薄っぺらな自分語りである。相手を不快にさせないように「さしすせそ」以外の返答ができない状況が一番ムカつく。腹立たしい。人を下に見た途端説教してくる奴が1番辛い。そういうやつの話す内容の希薄さは空気中の二酸化炭素よりも薄い。
2回目の世間話は品出ししながら軽く話したのだが、コレがひどかった。どうにか話を広げようとしても知識の領域が違いすぎて何も広がらない。Tがロンドンに住んでいたことがあるというのでわたしのテンションが上がり「すごい!霧の都!」と言うと「何それ?ぜんぜん霧とか無かったけど...」と返された。わたしが昔のロンドンは煤煙がすごくて...と説明するとひどく興味がないらしく、生返事で話題が切り替わった。難民だとかの話を聞いてわたしがひとしきり「さすが〜、すごーい」で相槌を打ったあと「ホームズ好きなんでロンドン憧れます」というと「は?読んだことないけどそうなんだ」と笑われた。なぜ笑われたのかは今もわからない。
これが決定打となってわたしはTを避けるようになった。と言ってもそこまで露骨にではない。挨拶はするし、業務上の連絡はちゃんとする。ただ休憩時間が被らないようにしたり品出しする場所を被らないようにしたり、一緒に作業をしても話題を振らない程度である。
だが、Tはちょこちょこ話しかけてきた。最初は意味のわからないギャグ?のようなものを唐突に言ってきたりしていた。全く理解ができず記憶にも残ってないためここに記すことができないが、困惑するわたしに露骨に不機嫌そうになったTのことは覚えている。
次に私のミスや仕事の雑さを指摘してきた。これは仕事のできないわたしも悪いかもしれない。あるいはTに品出しの仕方を教えようとしたあとから始まったので仕事のできない奴に教えられることはないというつもりで始めたのかもしれない。だが、わたしが関わってないことまで指摘しだしてたのでそれはマネージャーに言って欲しい。
先週には「お客様へ挨拶の声が高すぎる」「走り方が変」などと指摘してきた。何様のつもりだろうか。わたしは大声出そうと張り上げると自然と高めになってしまうのだが「変だ、地声で出せるはず」と言って聞かない。別段、改善するところでもないので曖昧に返事したのだが、それが気に食わなかったらしくその後もぶつぶつと言ってきていた。めんどくさい。
そして昨日の「話しかけんな」である。いろいろ思い起こしてみると、これはこっちのセリフである。ただまあ、これはわたしの主観なので相手からすると違うのかもしれない。返事をするのが許せず、また避けようとするのが憎らしいのだろうか。そこまでいくとなにかしらの病名がつきそうだ。是非とも療養していただきたい。
仕事をしながらだんだん困惑が怒りに変わっていった。わたしは攻撃されたのである。もしTがわたしを嫌いでも直接的に攻撃する必要はない。適当に避ければいい話ではないか。ところがTはわざわざ攻撃した。怒りの感情を向けてきたのである。
ここでアドラー心理学における「怒り」の話を思い出した。確か「怒り」という感情は「第一感情」を覆い隠すために発生するものなのだという。心配、恐怖あとなにかあった気がするが、そういう感情に起因し、苛立ちを相手に伝えて相手を支配するために使用される。そのため「怒り」は自らのうちから出てくるのでなく相手を自分の思い通りに動かすために理由を見つけて「怒り」の感情を起こすのである。
そう考えるとTはどんな感情から生じた「怒り」でもってこのような攻撃性をあらわにしたのだろうか。Tの行動を見てみるとゴリラなみにドラミングを見せていたので優位性示すため、つまり下の立場であるはずのわたしがそのような態度を取っていない事が原因と考えることができる。しかし、数える程度しか会ったことがない人間にそこまで感情を向けられるだろうか?しかもTは短期バイトで2月には辞めることが決まっている。逆に言えば後ひと月は共に働くのである。その間、わたしがほかの同僚に悪評を撒いたりしないと言い切れないと思うのだが。さらに言えばなぜクソ忙しい年末のタイミングで言ってきたのか?考えれば考えるほど意味がわからなくなってくる。
そこで一度話してみようと思った。嫌がらせも兼ねて休憩時間に「ちょっとお時間いいですか?」と声をかけ、休憩室から連れ出した。困惑しながらもTはついてきた。休憩室の横にある喫煙所でわたしはこう切り出した。
「更衣室でのことですが、どういう心理状況であんなことを言ったんですか?」
Tはポカンと口を開けていた。そりゃそうだ。明らかに言葉選びを間違えた気がする。
「心理状況ってのは良くないですね。何と言えばいいか...」出来ればどこまで自分の第一感情の自覚的なのか、ただただ職場環境を悪くする行動をとるほど理性が飛んでいる理由はなにか聞きたかったがどうもこれでは伝わらないと思う。しかしTは嫌いな理由教えてほしいと聞いたのだと思ったらしい。長々と、話が前後しながらも話してくれた
要約すると「底辺のくせにオマエは俺ナメてる」だった。経歴や身体的な部分にまで罵倒を及んでいたが、マジでこの一文を言うためにTは5分も時間をかけた。
「それは分かっているんですけど...」
内容がループしはじめ休憩時間が無くなりそうだったのでTが息継ぎするタイミングで話しはじめた。
「別に嫌いな理由はどうでもいいんですけど、そもそも仕事以外で何回か世間話した程度の仲じゃないですか?それなら話しかけんなって言わずとも適当に流せばいいだけなのに何でそんなになってるんですか?」
言った後でやっちゃったと思った。
たぶんやっぱりムカついたのである。
Tは「そうだね!」と怒気が混じった声を出して行ってしまった。だがまあ話を聞く限り、優位性を示すための「怒り」だったのだろう。ゴリラのドラミングみたいなもので、うまくいかなかったからああやってよくわからないことになったのであろう。そう分析すると少しは苛立ちも治った。
ただ問題として攻撃性をこちらに向けてくる存在が職場にいるので少々不安だ。殴ったりしないだけ理性的かもしれないが、悪口は普通に傷つくのでどうにかしたい。
ひとまずマネージャーにシフトの相談である。
弱音
わたしが強烈な頭痛に襲われてから今日で1週間が経った。未だに頭痛が止むことはない。いつもであれば、頭痛薬を飲んで眠れば起きた頃には体が動く程度にはなっているのだけど、今回はどうにもならない。
というのも先週の金曜日、痛みに耐えかねて多めに頭痛薬を飲んでしまったばかりに胃腸を壊してしまったのだ。朝からひどく痛んだのでまず適量のんで眠り、目を覚ますとまだ痛いのでまた飲んで眠り、目を覚ますとまだ痛いので....と繰り返すうちに20錠ほど飲んでしまっていた。これが午前中のこと。痛みがなくなったが身体が重く動かなくなってしまった。
問題は次の日、土曜日で、朝からひどい吐き気に襲われ、わたしは便器に顔を突き合わせることとなり、午後になる頃には空っぽになった胃から出てきた胃酸によって喉鼻が焼かれる事態にまで陥った。わたしは夕方になるまで家で吐き気と頭痛に苦しんでいたのだが、水を飲んでも吐き気に襲われるので、これは脱水で倒れると思い動けるうちに病院へ行くことにした。ひとまず家の近くのショッピングセンターにある内科に行ったのだが「詳しいことは検査できないので吐き気止めしか処方できない」と言われ、大きな病院への紹介状を渡された。この内科で貰ったエチケット袋はプラスチックの容器に被さっていてとても持ちやすく、家でビニール袋に吐いた時より便利だった。この内科は最近何度かお世話になっていたのだが、こういう細やかな心遣いが精神的に弱りきっていると妙に感動してしまう。
そうして、近所の救急外来へ歩くことになったのだがその道のりはひどく長く感じた。というか道中何度か座りこんで吐き気と闘っていたので本来徒歩10分のところを30分かけて歩いていたので本当に長かった。
病院に着くと待合室の席は半分ほどが埋まっていて発熱した子供とその付き添い、フラフラのお爺さんとたぶんその家族、おそらく夫婦であろう中年の男女がいた。
わたしはどうにか受付を済ませて座るとまた強烈な吐き気に襲われエチケット袋に顔を埋めながら、ゲホゲホビチャリという音を出して苦しんでいた。口だけでなく鼻からも吐瀉物がこぼれきっと見るも無惨な姿だったろう。すると隣に座っていた中年女性がティッシュを渡してくれた。そして「大丈夫?」「しっかりして」と声をかけて励まして下さった。わたしはなんだか胸がいっぱいになって涙ながらに「ありがとうございます」と言うとその方は「大変そうだったから...きっともうすぐ呼ばれるから頑張って」と言って会計を終えた夫と去っていった。都会も捨てたものではないかもしれない。
診察を受けると、血液検査と点滴、吐き気止めを挿れることになった。担当してくれた医師は若い女性で、点滴を打つときに「血管が見つからないですね...」とか「腕に見つからなかったら手に刺すんですけど、痛いんですよね〜」とか「たぶんここにあると思います...」とか怖いことを言いながら針を刺してきたのだが、一発で成功させていた。点滴に薬も入れて下さっていたのだけど、そうするとすっかり吐き気も治り検査結果が出るまで待合室でなることになった。吐き気がおさまってみると喉が痛みが気になる。世の中には嘔吐フェチなるものがあるらしいが、その業の深さを嘔吐によって苦しむことで改めて実感した。
益体もないことを考えていると1時間が経ち、点滴を終える時間になっていた。検査結果も頭痛薬の中毒以外には異常がないので薬を処方して帰って良し、と言うことで薬を貰って帰宅したのである。帰宅する時は徒歩で10分かからなかった。
日曜日、朝から胃を保護する薬と吐き気止めを飲んでいた。未だ食欲はなかったのでお茶漬けを軽く食べるにとどまったが、ほぼ1日ぶりの食事であったので喜ばしい。ところが、午後になるころには異常が表れていた。喉が枯れているのである。そして発汗と寒気。関節痛。これだけ聞くと風邪のようだが、これらは全て処方してもらった薬の副作用である。確かに説明に「喉の痛み、眠気、関節痛」と書いてあったがインフルエンザのとき並みの酷さとは思わなかった。声がガサガサで大声を出そうとすると地獄のような声が出てしまう。終わりだ。
ところがその日はバイトの出勤日だ。すでに木曜日、金曜日と2日も休んでおり今月の冬支度とスチームウィンターセールによって財布事情も厳しい。行かねばと思ってしまった。いま思うと冷静な判断力を失っていた気がする。
職場のおばさま方から心配されながらも、どうにか日曜日の仕事は無事に終えた。なんかイケボ配信者みたいな感じで声を出せばちょっとは声が出たので、日曜日のわたしはかなり痛い人間みたいになっていたがそれでどうにか品出しとレジの仕事を終えることができた。
月曜日、私の症状は悪化していた。副作用と分かっていても未だ胃の調子が悪かったので薬を飲んだのだが、身体が動かないし眠いし喉の痛みは酷くなるばかり。死にそう。しかし、アラームで目覚めると仕事の開始10分前だったのでどうにか起きてちょっと遅刻してへ行った。正常な判断がついてなかったのである。仕事ではどうにか動いていたが1時間、2時間と働いているとフラフラになっており、上司に呼ばれて帰ることになった。職場の同僚方には「ポカリ飲んでちゃんと休んでよ!」とか「何かあったら職場に連絡しな!あたしが看病行くよ!」と暖かい言葉をいただいてどうにか帰路に着いた。
そうして浅く眠って起きてを繰り返し気づけば今日、水曜日である。火曜日をスキップしてしまった。まだ喉もお腹も頭も痛みが、ひとまず意識がはっきりしているので日記も兼ねて書いておく。元気がないけれど今から病院に行こうと思う。副作用の影響が怖い。ほんとは月曜に行けよと言う話だが、こんな酷くなるとは思わなかった。今まで薬の副作用が出ることなんとほとんどなかったのでびっくりしてしまった。ほんと辛い。身体的にもそうだし、金銭的にも。どうして貯金がこんな少ないのか。辛い。
追記
病院行ったら副作用じゃなくて風邪だったみたい。胃酸で焼けた喉に菌が悪さしてるとか。ほぼ治りかけだから安静にしててってさ
ひとりで大騒ぎしてバカみたい
咳してもひとり
スカイツリーと夜勤明け
今日、後輩から久々に連絡がきたのが嬉しくてつい魔が差して更新することにした。衝動的に書いたため内容がグチャグチャなのは許して欲しい。書き方を忘れた。筆不精で怠け者なわたしは基本的に一つのことしかできないので何かを始めると何かを辞めてしまう、というか続けることができなくなるのだ。
つまるところ今日の更新は後輩からの便りに懐かしさや郷愁を感じてつい書いたもので明日明後日も書くかは分からないということだ。自己弁護とも言う。
わたしは先月の18日に引っ越してから今日までほぼ一ヶ月、東京に住んでいる。スカイツリーが見える駅近くのワンルームでボーッとしたり本を読んだりバイトをしながらどうにかこうにか生きている。
バイト。
そう、わたしはアルバイトを始めた。西友というスーパーで夜勤スタッフをしている。ここに応募した理由は時給と立地。時給は深夜手当込みで沖縄の最低賃金の1.8倍。そして私が住んでいるアパートから徒歩5分なのだ。また、引っ越し初日にこのスーパーに救われたことも理由の一つだろう。
引っ越し初日、友人と遊び呆けて夜中に新居に着いたわたしを待っていたのは前住居者が残したゴミとホコリとゴキブリであった。悲鳴こそ上げなかったものの慣れない形状をしたチャバネに恐れをなしたわたしは荷物をまとめて逃げ出すしかなかった。いや、戦術的撤退である。ただ、どうしようもないのも事実だった。しかしながら、ビルの隙間の真っ黒な空の下をトボトボと歩く哀れな者の前に24時間営業のスーパー西友が現れたのである。ゴキジェットもホイホイもゴキブリムエンダーも掃除用具もバッチリ揃っており、西友のお陰で夜明けにはゴム手袋とマスクを装着したわたしが新居を制圧するに至ったのである。
ちなみに、ゴキは駆逐したかに思われたが、1週間後にはまた侵入してきた。いまだにニチアサ感覚で侵入してくるのでゴキジェットが手放せない。ベッドの裏からトイレの下まで隅々まで掃除したので侵入してきたとしか思わえないのだがその経路は謎である。
深夜にも営業している西友に救われたわたしは生活基盤を整えてからすぐバイトに応募した。言い換えれば東京に着いて最初に縁を結んだ場所であるからひとまず最初に応募してみようという行き当たりばったりの精神である。
今週でバイトを初めて1ヶ月が経とうとしている。今のところ職場環境は良い。みんな温厚だし怒鳴ったり陰口も叩かない。ちょうど同じ時期に入った同期の方とも少し打ち解けてきたように思う。
今のところの問題はわたし個人の問題で、はじめての夜勤勤務で毎日眠すぎることとまだまだ仕事が覚えられず0.3人分の仕事しかできてないことである。品出しの場所が本当に覚えられない。季節のお菓子とかやめてほしい。せっかく覚えた場所に新しいものが入ってくるな。昨日までそこはアルフォートくんの居場所だったのにどうして和栗チョコパイくんが....?おかしいよ....
夜勤を終えて職場を出ると、すっかり陽が昇り通勤の電車に乗るために駅を急ぐ人たちが見える。なんとなく人の流れるほうを向けば高架橋の上で停まっている非常に長大な(地元のモノレールの3倍は長い)電車、その背後には東京スカイツリーがすくっと立っている。縮尺がおかしくなりそうで、すぐ近くに立っているかと錯覚するが実際に近くにあるビルよりも青っぽく見えるので、スカイツリーが数キロ先にあることを認識する。徹夜明けの疲れ切った脳には巨大建造物は刺激が強い。ブルーライトよりもカフェインよりも強く目を覚ませてしまう。わたしは朝食をサイゼリヤで食べることに決めた。窓際の席に座ることができればスカイツリーを眺めながら食事することができるからだ。
朝だというのにそこそこ人の入りが多い店内で案内された席は一番奥の席だった。見えないスカイツリーに思いを馳せながらイタリア風ハンバーグを食べる。チーズってめっちゃ美味い。ハンバーグに乗っていたら最高だ。付け合わせのポテトとコーンが食欲を増進させライスが進む。わたしは上京して初めてサイゼリヤに入ったが美味く安くドリンクバーがあるのでいまでは週一で通っている。目標はメニュー全制覇。今のところ全部値段に見合わない美味さである。次はエスカルゴだ。
これらのことから分かるようにわたしはなかなか充実した上京生活を送っている。週末は友人と会って遊んでいるし、バイトも順調、美味しいお店も見つけ近所の書店に毎週通っている。そういえば先週区立図書館にも行った。本は借りなかったがカードを作り本棚を物色して次に行ったときの準備をした。図書館の本棚を眺めることでしか得られない栄養があるのでこれは重要なことだ。脱線してしまったが、わたしは楽しい生活を送れているわけだ。
最初に述べたが今日、後輩から連絡があった。わたしは筆不精でさっぱり連絡を取っていなかったので、きっとわたしのような印象の薄い人間のことは忘れているだろうと思っていたので少し驚いた。嬉し
ちょうど、文芸部の後輩たちのことを考えていたのでタイミングが合っていた。そろそろ文芸誌を作りはじめている頃だろうし忙しいだろうが、LINEで送られた写真を見るにとても楽しそうだ。宇宙の真理である42に到達しそうな感じだった。他の部員も元気だろうか。
今度はわたしから連絡してみようと思う
今日も夜勤なのでいまから眠ることにする
おやすみなさい